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雑誌が出来上がりました [おしらせ]

印刷所か製本版が送られてきました。フリーペーパーのときと基本同じ、ただ分厚い分、安物感があまりないです。今回は費用を減らすためにオンデマンド印刷にしてもらったので、色の感じ、写真の感覚がいつもと違います。コート紙なので、やや光ってしまうんですね。
高いものなので、余分には印刷してません。あくまでも電子書籍なので当たり前ではありますが。一時期は印刷版も発行する形態をとった方がいいのでは、などと思っていましたが、採算をあわすためには相当な値段で売らなければならず、現実的ではないです。

さて、電子版の発行時期ですが、ちょっと今株式登記を見送っています。いろいろ思うところがあり、中通りの自治体での登記にするかもしれません。あまり時間がかかるようなら今回だけNPOで出すということも考えます。公益事業とは外れますし、先がない法人ですから、あまりやりたくはありませんが。pdfに関してはいつでも公開できる状態です。
新しい生活には非常に難儀しています。

先日お話したファイル消失の件ですが、その後様々に試行錯誤し、結局写真のjpegは約5万枚まで復元できました。もし同じようなことで悩む人がいるようでしたら、Jungleという会社が出している「完全復元pro」というソフトが一番使えましたので、おすすめしておきます。値段は張りますが、無料のもの、安価なものは本当に使えませんので。
ただ、出てくる画像は拡張子の種類こそ分けられるものの、フォルダ等の分類が戻るわけではないため、順番日付その他めちゃくちゃになります。自分でもう一度整理し、フォルダに分類しなおす必要がありました。

今回の写真の整理を通し、随分と懐かしいものもたくさん出てきました。愛媛、金沢、尾道、出雲など、私が好きでよく訪れた他県の写真も久しぶりに開きました。単純にデジカメの質の問題で、写真自体は今から見ればひどいものですが、なかなかいいものもいくつかありましたので、次回にでもアップしてみます。

そういや、ザべりオ5月からお世話になっています。私自身がキリスト教の学校出身なので、なんか懐かしくていい感じかも。まあ、ここはひなたのブログなので多くは語りません。と言うより、雇われている方の話は、基本語りません。自分なりのネット上でのルールみたいなものかな。
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入稿、そして写真データ消失のお知らせ [しらほ]

とりあえず、ゴールデンウィーク前に入稿しました。ただ、今回Indesignではじめての入稿ということで、データの不備が多々あり、結局印刷がかけられるのはゴールデンウィーク明けになりそうです。
印刷版を作ったのは、「郡青ひなた~ふくしま再発見~郡山・三春」「同 南会津町」の二作です。おかしな話ですが、今回からはあくまでも電子書籍なので、これは見本誌でしかありません。できあがったものを見ながら、もう一度校正し、ISBNコードを取り、株式の名義で販売していきます。
取材対象者の方、社員、賛助会員、お世話になっている皆様にはお配りいたします。なかなか豪華なものが届くと思いますので、お楽しみに。

今回の入稿作業中、マック用にUSBメモリをフォーマットしている最中、完全に私の不注意で、他のハードディスクを初期化してしまいました。基本的にwindowsのバックアップ用のハードディスクなので大きな問題はないはずだったのですが、写真データ、動画データはすべてこのハードディスクにしか入れていませんでした。

というわけで、デジカメを初めて使った1999年からの13年分の写真が全て消えました。
相当にへこんでいます。
復元ソフトを買ってきて試してはいるのですが、成功したのはほんの数百枚ほどです。最初は安いやつで試して全くダメで、次に高いやつで試して、結構頑張ってはくれたものの、何千枚(何万枚?)とあった量はさすがに復元されません。
業者に依頼することも考えたのですが、どうやらうちのハードディスクの量だと10万円は下らないようで、諦めました。
全てが消えてなくなるより、まあ多少だけでも復旧してくれたので、少しは心休まりました。

ちょうど、雑誌を作り終えた後だったので、最悪の事態にはなりませんでしたが、これから取りかかろうと思っていた、「二本松・本宮」の電子書籍、「いわき市」の電子書籍に関しましては、制作が不可能になりました。
仮にやるならば、また四季を通して取材をし直すことになりますが、ご存じのとおり、私は会津に引っ越してしまいました。郡山にいた時のように、浜通りには簡単に行けません。二本松は、まあ郡山で仕事があるときにでも立ち寄りながら、また少しずつ撮りためていくしかないです。

写真はそのものが莫大なデータなため、パソコン本体への保存はせず、外付けハードディスク単体だけで、他にバックアップを取っていませんでした。小説や雑誌に関しては、二重三重にバックアップしているんですけどね。
今回の反省で、もう自分という生き物は信用できないなと思いました。
これからは、マイクロソフトのskydrive、あるいはyahooのdropboxなど、写真は外部のストレージに保存をしていこうかなと考えています。
たとえるならタンスに全財産を入れていたら、タバコの火で誤って燃やしてしまったみたいなもんです。銀行にでも預けた方が安全でしょう。
クラウドの時代が来ていると言われていて、これまで全くピンとこなかったのですが、こんなことになるならクラウドですね。

雑誌は15日には印刷版が手元に届くはずです。そのころには、会社の登記も終え、電子版の配信目途もたっているかと思います。
しかし、私のやる気は、今現在ものすごく低下しています。全くやる気が出ません。
この福島の五年間の記録が、なくなってしまいましたからねえ。特に、大熊や浪江など、平和だった頃の写真は二度と撮れません。あの頃の空気や、あの頃の町の匂いを思い出すにつれ、今回の自分のミスが悔やまれてなりません。

編集も終わったことだし、気晴らしにどこかへ行きたいのですが、この雨、せっかくの連休なのに、頭に来ている人も多いのではないでしょうか。晴れている西日本へ行っている人、うらやましいなあ。
明日明後日、少し休もうかと思います。
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鶴ヶ城のさくら [うつくしま系]

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ちょっとバタバタしていて上げるの忘れていました。日曜日に鶴ヶ城に行ってきました。距離的にウォーキングにちょうどいいかもしれません。適度に汗をかき、だるくなってきた頃に着きます。
福島に来てからというもの、すっかり歩かなくなりましたが、会津若松は徒歩の方がいいかも。大きな通りは大概混んでいて、観光シーズンは渋滞しますし、地元民が得意顔で走るような路地は、一方通行の細い道ばかりで、私にはまだ無理です。

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この日も見てのとおりの大混雑でした。ゴールデンウィークと桜が重なりましたからね。若干散り始めもありますが、ゴールデンウィークいっぱいはもつと思います。

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湯川の川沿いをゆっくりと歩き、お花見の皆さんの真似をしたくて、ビールを飲みながら帰りました。
五月の福島は、暑すぎず、寒くもなく、いい陽気です。たまにこういうのもいいかもしれませんね。

せっかくカロリー消化したのに、一気に台無し。そういうのが楽しいんです。
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桜の景 [うつくしま系]

電子書籍はここまで引き延ばしたので、中途半端な時期に撮った写真を、桜の写真に置き換えるため、郡山市内を回ってきました。
これで本当に完成で、あとは校正を引き取りに伺い、印刷版の入稿とpdfの書き出し、epubへの変換等を行います。epubへの変換は縦書きへの対応ができないなど、難しそうなので、どうせまた時間を食うのだと思います。とりあえず、B5版のPDFを出すつもりです。

今日は晴れて気温も上がり、暑いくらいでしたね。
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市街地、開成山公園です。いつもの休日の昼下がりと同様です。郡山市街地は、先週が桜のピークだったみたいです。まだ散ってはいないですけど。今回は市街地も扱うので、ここも掲載します。

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中田町の不動桜です。中田町はフリーペーパーの4号で特集した町ですが、あのときは夏の桜の写真を載せていました。ここ何年かで、全て撮りなおしました。
ここは三春の滝桜に比較的近く、有名どころです。ゴールデンウィークが始まったみたいで、他県の車が非常に多かったです。震災後、半分あまりが他県の車っていうのは、おそらく初めてのことではないでしょうか。時を経て、大分福島に対する見方も変わってきているのかもしれません。もしくは、マスコミが騒いでくれているのかな。

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三春滝桜と並び、福島の桜の横綱、中田町の紅枝垂地蔵桜です。ここもものすごく有名スポット。

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西田町、小和滝公園です。阿武隈川沿いの散策路で、桜並木がとても綺麗なところです。今回、ここも初めて取り上げます。先日も言ったかもしれませんが、西田町はもうちょっとちゃんと回ればよかったなと後悔してます。またwebの方で、そのうち特集組めたらなと思います。

他、中田町の桜は画像を入れ替えたので、郡青ひなたwebの方、のぞいてみてください。
http://gunhina.com/koriyama/nakata/index.html

これまで仕事優先だったので、新住居地、会津若松は全く回っていません。
近いうち、自転車で行きたいなと思ってます。今年はこっちも中通りと同時に満開なんです。散らないか心配です。
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春、編集終わる [うつくしま系]

ようやく、郡山・三春電子書籍の編集が終わりそうです。GW前に見本印刷版を印刷会社に入稿します。株式会社の設立を近いうちするので、見本版をお送りしたり、売ったりというのは五月からスタートしていきます。郡山・三春に関しては5ヶ月、南会津に関しては3ヶ月遅れました。
「そうか、所詮一人だとこんな感じになるんだな」という印象です。
信用はないと思います。ひとえに、申し訳ありません。
全て言い訳になりますので、何も言うべきではないと思ってます。ごめんなさい。
結局、郡山・三春は105ページほど、南会津は60ページほどで落ち着きました。

ようやく個人だけでなく法人の方の引っ越し関係も全て終わりまして、会津若松で事務所兼自宅ということで暮らしています。法務局が混み合っていて、予想以上に登記に時間かかりました。
いつの間にか春絢爛です。鶴ケ城も桜が満開です。ただ、編集が終わらなかったので、会津の桜を撮る、なんていうことはできていません。多分、今年は機を逃すような気がしています。
結局、仕事の関係上、郡山や三春、福島市なんかに行くことが多いです。若松で落ち着けるのは、六月になると思います。

今日は三春でした。一年で一番観光客の多い季節、三春の町中が鎌倉みたいになっていました。
滝桜に行っているような時間はなかったので、打ち合わせの後、雪村庵(せっそんあん)に行ってみました。
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ここは、三春駅に近いのですが、郡山市の西田町というところにあります。今回の電子書籍で取り上げたので、写真の撮り直しをしました。あいにくの天気でしたけど。
雪村周継という画聖の終の棲家と言われているところです。

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さらに天気が悪くなり、西田町の内出の桜の入口です。内出の桜はこの奥にあるのですが、光の具合で、フォトショップで加工できるレベルですらなかったです。
今回、郡山市は田村と西田を新たに取り上げたのですが、西田町はもう少しちゃんと歩けばよかったかなと思ってます。ここはすごくマニアックな場所でして、観光客はほとんどいません。
西田町は全体的に静かな農村で、鳥のさえずりが聞こえ、黄色の菜の花、梅、桜が一緒に咲いています。そんな景色が、あちこちで見られます。
改めて、いいところだなという印象です。
郡山市民の時はあまり実感しなかったことなのですが、やっぱり郡山好きみたいです。
たくさんのものを見て、たくさんの人に出会い、そのうち何人かと深い付き合いができ、本当に感謝しています。町というのは、人と共に過ごすことで新たな温度を持ってきます。町に愛され、町を好きになるというのは、どれだけ思いを重ねたかですからね。
そういう意味では、会津若松はまだ私は観光客みたいなものです。
一年は観光客でいいと思っています。
雇われの仕事は郡山ということもあり、人間関係の構築は、あまり期待できそうにないです。そういう意味では、馴染むには結構時間がかかるかも。
ゆっくり回りたいんですけどね。お城に登りたいんですけど。
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引っ越しています [しらほ]

編集を一旦止め、およそ一週間前から徐々に引っ越しています。今回はトラックを借りて全部自分でやっています。体力さえあれば案外いけるものだ、という感想です。少なくとも繁盛期料金の引っ越し屋さんに頼むよりはよかったかなと思っています。
大きなものだけトラックで運び、あとは車で郡山〜会津若松を往復しながら少しずつ運んでいます。生活の基盤が会津に移るのは、4月の終わりになります。それまでは郡山で仕事しています。編集が終わらないんで。南会津は終わったんですけど、郡山・三春がもうちょっとのところです。

これからも郡山に週2回は来るなんて話すと、「ハァ?」と言われます。まあ何というか、山がね。福島県は東西に行くには必ず山を越さないといけませんからね。なかなか皆さん、普段から山越えなんてしないのかもしれません。豪雪の猪苗代町が冬はネックなのかな。雪がひどい時は、トラックのスタックや渋滞に巻き込まれないように湖南回りですかね。
南会津にちょくちょく行ってるくらいなんで、走ること自体は全く苦ではないのですが、ガソリンですね。今値上がりしていますから。
せっかく福島に残ることに決めたのだから、一回くらい雪国に住むのもいいのかな。冬がきつくて一年でギブアップするか、案外続くのか、まあ見ていてください。郡山では比較的高いところに住んでいたので必要なかったのですが、今度は古い家なので水抜きとか必要らしいです。
まだまだ東北で頑張ってみます。

今NPOの登記変更をしているので、株式の登記はそれからです。
関係の皆様には、5月いっぱいをかけ、ご挨拶に伺います。
会津若松市の法人となりますが、今後もスタンスは同じ。扱うのは福島県全域です。ただ、今まで遠くてなかなか行けなかった、西会津・新潟方面や喜多方・山形方面は格段に近くなります。少し他県も見たりしながら、見聞を広げ、いいものを書いていきたいと思ってます。
また報告します。今後ともよろしくお願いします。
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電子書籍発行、株式設立について [おしらせ]

とても久しぶりになりました。
近況です。
電子書籍、南会津町はすべての編集を終えました。校正が来週の水曜に全て上がります。その後、印刷版の入稿ということになります。
郡山・三春の方もおそらくもうすぐ完成となると思います。ただ、こちらは校正を出すところが多く、南会津よりも一週間程度遅れるかもしれません。
取材対象者の皆様、社員、関係の皆様には印刷版をお送りいたします。いつもどおり、CIAさんに印刷は頼む予定です。

販売ですが、株式会社の登記を行ってから始めることにしました。4月中ですかね。販売サイトに関しては、ここで発表します。また、株式会社のホームページも4月中には作ります。
公開はふくしま再発見「郡青ひなた」2作を先行させます。PDFになります。完成後は Epub形式への変換も行なっていくので、最終的にはPDFとEpubの代表的な2形態で読めるようにします。
Epubではipadとスマートフォンを準備し、動作のテスト等を行いながら変換・作成していきます。
小説は販売に耐えられるレベルにある作品を判断し、5月より販売します。こちらはメインではないです。

株式の開始に伴い、法人・木村個人共に会津若松市に移転します。今度はきちんと事務所兼用ということで借ります。一階が事務所、二階が自宅になります。
NPO法人は株式の手続きが全て終わったら、解散への手続きを取ります。4月より基本的に木村一人の体制となりますので、併存させるのは無理というか、私にとっても合理的ではありません。解散までの都合上、一旦会津若松市へNPO登記も移すことになるでしょう。
各公民館やアシストパーク郡山、観光課など、郡山市には大変お世話になりました。

NPO解散、株式設立のご挨拶は、4月〜5月にかけ皆様のところへうかがいます。なるべく多くの方とお会いするつもりです。移転通知のはがき、メールは4月中旬に送付します。
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放射能時代 [放射能観察]

東電から賠償金請求の書類一式が送られてきた。
18歳以下と妊婦は40万、それ以外は8万を請求できるらしい。いや、「できる」ではなく「してください」というスタンスのようだ。
示談金か、これ。
もらえるものはもらうという人がほとんどだろうが、私は個人的に請求したくない。「個人的に」と前置きを強くしておく。いや、ブログは個人的なことを書く場だから必要ないか。
私はこれで終わらされてたまるかという思いが強い。金で解決するほど簡単な話じゃないぞ、今の福島は。どうもやることなすこと胡散臭い。
また、他地方の人達から「金もらってるんだから云々」とお決まりの批判を浴びるのもうんざりだ。
綺麗な福島県を、差別のない福島県を返してほしい。そのための努力を、政府も東電も、「心から」である必要はないから、極めて淡々と業務的に、迅速に行なってほしい。
東電含むいわゆる「原子力村」の企業には一切金を払いたくないし、金をもらいたいとも思わない。

震災から一年、郡山に住む私は断じて被災者ではない。
しかし、この一年、やはりかなり精神的には参ってるのかなという気はする。もしかして被災者なのか?と感じることもある。
家の中でも0.3という中途半端な放射線量。日々ローカルテレビやネット、2ちゃんなどから入ってくる様々な情報、意見。
ここに住んでいていいのかという疑問に始まり、あるときは福島と東京の対立構造に怒り、またあるときは福島県の対応に怒り、避難民との軋轢を聞いてはやきもきし、がれき処理が進まぬといえば人間への不信でいっぱいになり、取材で風評被害の話を聞くたびに自分の雑誌でどうにかできないものかと考える。
思いは右へ左へさまよいながら、最終的には「あえてここに住んでいる自分とは何者なのか」という問いに落ち着く。私の場合、縛るものは何もなく(厳密にはNPOがあるが…)、いつでも関東に帰れる。本当、「あえて」だ。
だが、やはりこの仕事の影響は大きいようで、こう県内くまなく周り、それを形にしていると「私という表現者は福島と共にある」という結論に至る。
こんな性格、考えがはたから見れば理解されず、人はどんどん離れていく。
気づけは孤軍奮闘するはめに。いや、それでいいのだと思う。それが震災を経ての自分なのだから。

おそらく、今後何年もの間、福島という地への人々のイメージは変わらないと思う。でも、それが変わらなければ、一次産業の復興はないだろうし、まして観光の復興など夢のようなものだ。
まずはしっかりと廃炉への行程を進めてもらうこと。そして除染。
中通りの中途半端な放射線量はどのくらい続くのだろう。他地域と変わらないレベルまで持っていければ、そのときが真のスタート。数値が高いうちは、いわゆるネットで言うところの「危険厨」は寄り付きもしないだろう。0.1で騒いでいる人達だ。でもまあ、健康への影響はなかろうと、それでさえ平時の2倍である。
まだまだ我慢なのかもしれない。だが、現状を良しとしてしまってはダメだと思う。平時の10倍近い線量を減らす努力は、自治体でもっと積極的に取り組めないものだろうか。「郡山は安全です」それでいいのだろうか。「子供」が絡むと真剣なくせに、一般市民へは一度だって除染や放射線に対する市からのアナウンスがあっただろうか。
「安全」なのだから健康面への心配はない。しかし、人が来ないだろう、これじゃ。目に見えるデータをまずは下げなくちゃ。「ああ、関東と放射線量変わらなくなったんだな」という印象付けで、初めて農作物も売れてくるのだろうし、温泉地にも人が戻るのではないだろうか。そこからは私のような人間の役目で、観光情報誌や魅力を伝えられる媒体をうまく盛り込んでいけばいい。
どれくらいの時間がいるのか。その間に経済が死にはしないか。
仙台は復興特需だとかいう話もあるが、福島は放射線という厄介な問題を片付けた後の話だろう。

3月11日には亡くなられた方の冥福をと共に、この県の未来について、かなり本気で祈りたいと思う。
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春待つ [しらほ]

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3/4で郡山に来て5年が経った。
東日本大震災から1年が経とうとしており、様々な想いが交錯する。

5年間暮らしてきた町。
放射能で誰も来たがらなくなった町。
でも、やはり自分はこの町が好きで、ここで暮らした優しい日々の記憶を持っている。
それが単なる感傷であることも知っている。しかしその感傷が素晴らしい作品を生み出すことも確信している。

きっと震災以前の日々に、いや、もっと前の日々にただ戻りたいだけなのだと思う。
福島県は、どうしょうもない風来坊だった私を社会的に育ててくれた。大学卒業以来、「生きる」ことができなかった自分が、生の実感を持って生きられたのがこの県だ。

どこに引っ越すかで随分と考えたが、やはりこの県を離れることはしたくなくて、それによって失うものがあることもよく分かっている。関東の両親や友達から見たら、困ったものだこいつは、といったところか。
まあなんだ、本当に困ったものだ。
これが地方→東京だと何の不思議もないらしいのだが、わざわざ中央を拒否して何になるのかと。
私はダイハツとトヨタで同じ車を売っていたら、ダイハツで買う人間です。
同じ理屈でアンチ巨人です。

でもまあ、自分はそういう生き方がしたいし、それが合っているんだと思う。

サラリーマンではない、持ち家でもない、縛るものなど本来何もないはずの私が、この一年どんな思いで郡山に残ったか、分かるような作品にしたい。
そして同時に、私を育ててくれたこの県への感謝を示せるようなものにしたいと思う。
それは同時に、この場所で私と共に歩んでくれた人達への感謝でもある。

前も書いたな、こんなの。
まああれだ、いろいろつらいな。
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絆という言葉 [しらほ]

少し暖かくなったのか、中通りは太平洋型のからっとした晴天が続いていますね。日が長くなったこともあり、春が感じられます。冬の間に終わらせたい仕事は、一つ一つ原稿を書き上げてはいますが、あまりの遅さにお叱りを受けてばかりです。
そろそろどこの会社も次年度の人事だの考える時でして、うちも早く株式作らなきゃ、いや、それには引っ越さなきゃ、ああ、会津若松物件あるかな、猪苗代あるかな、いや待て、東京の社員のことも考えると那須、白河辺りもありだぞ、いやいや、東北全域で活動するなら仙台だろ、だの、まあ考える前にとりあえず今は編集。こちらを仕上げないと、私は動く気がありません。なぜなら、私がこの場所で仕上げるべき仕事だからです。
というわけで、3月は多分ここにいます。そして、雇用してもらってる方の仕事の社長さんには、態度をはっきりさせず迷惑をかけ続けるのです。誠意ある対応をしないと。よく不祥事を起こした企業の言う「誠意」ではなく、本当に心のこもった、人と人との関係で話さないと。
ずっとそうしてきたんだから。

しかし、瓦礫処理の問題など見ていると、地理って意外と知られてないですよね。県外の人から見れば、会津も中通りも浜通りも、全部「福島」なことは分かっていましたが、まさか岩手や青森という地名で騒ぐ人がいるとは! そう考えると、福島だけではなく、他地方の人から見れば東北は全て一緒なのかなと。
実際に旅したことがある人は分かると思いますが、東北道なんか通ると、県内から盛岡なんてうんざりするくらい遠いんですけどね。おそらく、東京より遠いでしょう。
おそらく、地理の問題ではなく「穢」の発想なんでしょうね。どんなに安全でも、放射線など測定されなくとも、「福島関係は何となく嫌だ」「東北ってなんか汚れてる気がする」
こんな感じなんでしょうね。
「絆」とうるさいくらいに言いますが、東北は基本的に良くも悪くも村社会なので、言わずとも普段から絆を保った社会です。それが私達の誇りでもあります。
むしろ作らなければならないのは、東北と、それ以外の地域との絆、在京マスコミの皆さんが叫ぶ「絆」ではなく、人が人の痛みを思いやれる、もっと本質的な絆を作るべきだと思うんですがね。
そしてそれは、きっと「絆」なんてものではなくて、もっと簡単な「想像力」や「思いやり」でいいんだと思いますよ。軽々と使う言葉ではないと思うんですよ、こんな状態で。
風評被害とか言う以前の問題ですからね、今の福島。
私は、「がんばろう福島」と言うつもりはないです。そうではなく、横浜出身の私がなぜここまで福島に入れ込んだか、そしてここに住み続けてきたか、その答えが分かるような、この県がもともと持っている魅力を表現したいなと思ってます。それと、この県の人々の想いかな。
震災で有耶無耶になって、本当にお世話になった人達へ、きちんとしたお礼が出来なかったので、せめて私が見た美しい風景を、この町のキラキラとした輝きを、表現したいと思ってます。

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また、雪が溶けて春が来ます。
その息吹を感じ取れる感性を、表現者の皆は持ち続けないといけません。
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